泥沼記

沈黙 -サイレンス-

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原作は遠藤周作の「沈黙」

巨匠マーティン・スコセッシ監督による映画化。

 

ふと夜中に思い出したのが、2年前に見たこの映画のラストシーン。小さな十字架を手に隠して火葬されるロドリゴ神父のイメージ。今でも鮮烈に焼き付いている。

当時は、『逆さ吊りのリーアム・ニーソンでかすぎ!』という頭空っぽの感想の他には、信仰を持ち続けるのが大事みたいなメッセージかなぁとふんわりと考えていた程度だった。

やはりラストのイメージが2年も残り続けるとしっかりしたメッセージを読み取りたくなったので、再度鑑賞。

 

解説サイトなどの助けも借りていると、面白いなぁと思えてきたのが「沼地に苗を植えても根が腐る」と表現されるほどの、仏教とキリスト教の宗教観の違い。

仏教を信じていてもいなくても、輪廻転生や極楽浄土のイメージがこびりついている日本人には、キリスト教の宗教観がいまいちピンとこない。言われてみれば確かに、という感じでカルチャーショック。

海外の人に無宗教です!と言うと人間性を疑われると噂に聞くが、この辺も宗教観の違いから来ているんだろう。

習慣に宗教観は根付くので無宗教はありえない、とは言うものの結婚はキリスト教で葬式は仏教で、いただきますは神道な日本人にはどうしても宗教を信じている感覚は生まれない。

 

 

そんな感じで自分の宗教観を再度確認することのできる作品なのだが、

僕のようにキリスト教は当前、仏教にも信仰心皆無な人間には他人事で終わる映画かと思うと、そういう訳ではない。

 

この作品は、宗教に関係無く我々の持つ信仰が何かをも問う作品だ。

キリスト教的な、「隣人を愛する」という精神は普遍的で、他人を信じ愛することは、理想ではあるが美しい。

 

「ターミナル」という映画がある。

ニューヨーク空港のターミナルという世界でトップクラスに慌ただしい、人情とは無縁そうな空間。

そこで運悪く入国前に祖国を失った主人公は、手続き上の問題で入国も出国もできずに立ち往生するのだが、人々の助けを借りてターミナル内で暮らし、遂にはニューヨークに出て目的を果たす。

この作品を見たとき、誰かが死んだりするわけではないのに感動で久々にガッツリ泣いてしまった。

なんでこんなに泣けたんだろうと振り返ってみると、清々しいほど理想的な世界として描かれていたからだと気づいた。人情の美しさに心を打たれたんだと思う。

 

 

サイレンスにはターミナルのような煌びやかな感動はなかったものの、先ほど書いたように2年前映画館で見てから今も色褪せない鮮烈な印象が残っている。小さな十字架を手に火葬されるロドリゴのイメージ。

神を裏切り棄教をしてもなお、心に信仰の火を灯し続けるロドリゴの生き様。

 

踏み絵をする間際にようやく聞こえる神の声。

あれは本当に神の声なのか、それともロドリゴが自己を肯定するための幻聴なのか。

僕としてはそんなことはどちらでもよくて、大事なのはロドリゴが心に信仰を残したまま生き続けたということだ。

 

 

生きづらい世の中で、自分を偽ることを要求されるのは現代でも同じ。

大事なのは自分の信念を捨てないこと。その為には、ときに信念と反する行動をしてしまったとしても、自分を赦すことが大切なのだろう。

人に親切にする、正直に生きる、日々向上する…人それぞれ色々な信念を胸に、時にはそれを曲げてしまってもそんな自分を赦すこと。その信念を忘れてしまうことさえなければいいのだ。

我々は、何度も何度も神を裏切っては赦しを乞うキチジローでもいい。

“弱き者は強くなれるかもしれないし、なれないかもしれない。でも、人が人として生きることの真価を問いているんです。
全ての人間が強くなければならない、なんてことは無いと思います。
弾き出された者、除け者にされた者の存在を、ひとりの人間として知ろうとする。それは、個人レベルで始まることです。”

『沈黙‐サイレンス‐』スコセッシ監督来日レポ「一番危険なのは、強者至上の世界しか知らない若者世代」 | THE RIVER

 

そして自分を赦すことが、他人を赦すことに繋がる。隣人を愛することに繋がっていくはず。

 

現実はターミナルが描いた理想の世界にはほど遠いかもしれないが、誰もが自分を、隣人を少しずつ愛するようになれば、美しい人情の世界は映画の中だけのものではなくなるはずだ。

 

 

自己肯定に苦労する現代。

この映画は僕のような無宗教な人間に、

宗教から抽出された、自己を肯定するための信念を教えてくれる。

 

 

ちなみにスコセッシ監督の新作『アイリッシュマン』はNetflixで今年公開予定。

主演はロバート・デ・ニーロアル・パチーノだそうで楽しみだ。