泥沼記

No Time to Dieの感想

〈ネタバレほぼ無しのざっくりした感想〉
クレイグボンド最終作品。アクション映画としての見所は多く、ストーリーの入りは良かったのだがまとめ方は少し雑に感じた。お洒落に締めた前作の思い出でとどめておくか、前作の粗をある程度補足しつつシリーズを終えた今作を見るかはあなた次第。
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以下ネタバレあり。














カジノ・ロワイヤル』で愛するヴェスパーに裏切られ、人を信じられないという側面が描かれてきたクレイグボンド。そんな彼のことだからマドレーヌを信じられず、決別してしまうというストーリーの入りは良かった。
更にそれが前作『スペクター』の悪役・ブロフェルドによるボンドいじめ計画の一環だったというのもイイ感じ。カジノ・ロワイヤルスカイフォールで裏から糸を引いてきたという割に、スペクターでは旧MI6本部を発破解体しただけでロクな功績がなかったブロフェルドさんにも少し箔がついた。

今回の主題となるのは遺伝子情報をもとに対象を殺害するナノマシンメタルギアソリッドの「FOXDIE」を彷彿とさせる兵器だ。更にこのナノマシン接触により伝染し血縁者にも作用するため、特定の民族を選択的に抹殺することさえ可能だというから、「声帯虫」的でもある。ゲームから映画への逆輸入とも思える題材がどう調理されるのかワクワクしたが、正直あまり活かされていなかったのは残念なところ。悪役の保有する大量殺戮兵器という枠を出ていなかった。元はMI6がスペクター抹殺のために開発した兵器、という設定は悪くなかったんだけど。

さて、今作では驚くべきことにあのボンドに子供ができている。映画の妻子というのは攫われるか冒頭で死ぬのが世の常(妻に関しては昨今タブー化しつつあるけれども)で、本作でもやっぱり悪役に攫われてしまい007が救いに行くのだけど、こうなってくると007ではなくタフガイ系ハリウッド映画じゃないか!
また、最近では『ローガン』や『アベンジャーズ/エンドゲーム』など、「あのヒーローに子供が」というのは最早それほど驚くべきことでもなくなってしまったのも痛いところ。それでも一応、ジェームズ・ボンドは所帯じみたイメージからかけ離れているだけに意外性があるし、子供とボンドの絡みで化学反応的面白さが生まれる余地はあった。ただ結局、3時間近い尺のわりに子供と接するボンドが見られるシーンは殆どなく、あまり良い方向には作用していなかった(むしろ妻子のために戦う典型的タフガイっぽさがジェームズ・ボンドらしさをぼやけさせていたように思う)。クレイグボンドは従来のボンド像を壊して再構築してきたシリーズなだけに、もっと丁寧に描いて「ボンドらしい」父親像を見せてほしかった。

色々すっ飛ばしてクライマックス。ボンドは悪役サフィンとの格闘の最中、大多数の人類を標的にした殺人ナノマシンを打ち込まれてしまい、このナノマシンの拡大を阻止するために爆撃される敵施設からの脱出を諦める。主人公の自己犠牲を感動的に仕立て上げたエンディング…これやっぱりタフガイ系ハリウッド映画じゃないか!いや、定番のタフガイ映画も勿論好きなんですけど、別に007でそれを見たくはなかったかなぁ。

更に言うとボンドは前作スペクターの終盤から007として覚醒したような印象だったし、5年のブランクがあるとはいえ今作でもその凄腕っぷりを発揮していた。それがポッと出の病弱そうな悪役とちょこっと格闘しただけで、ほぼ殺されたようなやられ方をするのは納得がいかない。血縁者に作用する殺人ナノマシンと子供の人質などを上手く使えばいくらでも描きようがあったように思うけど。(一応、幼少期のマドレーヌと同じく子供だから助けたということなんだろうけど、そもそもなんで子供に甘いんだこの悪役)

にしても、配給がユニバーサル・ピクチャーズに変わっただけあって終盤は悪い意味でハリウッド映画色が強かった。やっぱり配給会社が色々口出ししていくと結果的に方向性が似通ってしまうんだろうか。当初の監督・脚本が離脱したのもそのせいかもしれない。(イエスタデイが嫌いでトレインスポッティングもそれほど好きではない僕にとっては、どう転んでも不満の残る作品となっていたのだろうけど…)
アクションシーンは文句無しによかったんですけどね。

ともあれ、クレイグボンドは大好きなシリーズだったし楽しませていただきました。お疲れ様、ダニエル・クレイグ