泥沼記

チェイサー

ナ・ホンジン監督、2008年の映画。

最高に面白いけど見るのをお勧めできない作品。この感触は他の映画では味わえない。

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以下ネタバレあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新鮮な展開の連続で見ていて本当に面白い作品だったが、鑑賞後はどこまでもどんよりとした思いで心が満たされる異色の映画。

本作は通常の映画、特に監禁もののサスペンス映画とは真逆の展開を見せるのが新鮮。なんと誘拐犯のラッキー逮捕から始まり、にも関わらず主人公ジュンホは被害者を紙一重で助けることができない…。

 

コクソンもそうだったがホンジン監督の作品は雰囲気がすごく写実的で、説得力があって、見ていて感情移入しやすい。

それでいて少しクスッと笑えるような日常的な笑いや、印象的な映像が散りばめられていて作り方が本当にうまいと思う。リアルさを損なわない、作り物を意識させない程度に映画的な良さを見せてくれる。

 

今作も終始、感情移入させられるもので、犯人のラッキー逮捕でほっと一息ついていたら起訴までの手続きやらのゴタゴタで一向に問題が解決しない。もどかしさが延々と続く。

それも登場人物が無能だからイライラするというより、これなら解決しそう!と思わせられては意外に解決しない連続。ある意味、落胆させられっぱなしの2時間。

そしてクライマックスではあんなに余裕で助かりそうだった被害者が無残に殺される。嘘やろ…。

流石に八百屋のおばちゃんが無能すぎるけど、誘拐犯ヨンミンからしてみればそもそも冒頭の逮捕が不運すぎるのでそういう意味では一応説得力はある…。

 

最後のジュンホとヨンミンの泥くさい取っ組み合いは本当に熱い。映画の格闘とは思えない不恰好さがリアルで、一層心を動かされる。

見ている皆が心に抱くのはどす黒い怒りの感情だと思うし、ジュンホのハンマーを代わりに振り下ろしたくなる。

 

ふつう映画の悪役に対する怒りってヒールレスラーへのブーイングみたいなもので、憎めない好意的な感情が少なからずあると思うんです。

でも今作のヨンミンは本当に皆の怒りを買うようなキャラクターで、凄く作り方・演技がうまい。見ている方にあからさまな作り物の悪役と感じさせない。

 

ジュンホたちを苦しめたのは彼自身の実力というより、悪人を野放しにする司法制度の不備や警察の怠慢というところがミソだろう。ヨンミン自身は邪悪な割に、不意打ちやお年寄り相手でしか強く出られない小狡い男であり、これが逆に憎みに憎める悪役として最高の設定だったのだろう。

 

また、そういう危ない男や失踪した風俗嬢を知っている人物は何人か出てくるが、言われるまでそれほど気に留めていなかったのも印象的。誰もが他人のプライベートには踏み込めないし、踏み込みたくもないのだ。

 

 

結局ジュンホはハンマーを振り下ろせずに終わる本作。このモヤモヤした不完全燃焼の怒りはどこに向ければいいのか。

 

 

司法制度や警察への批判がこれでもかと込められていた本作。

日本でも親が子どもを虐待して殺すような胸糞の悪い事件が後を絶たないし、社会的・制度的にそれを止められていない。社会批判としても余所事とは思えない作品だった。